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生きてます

 ご無沙汰です。 
 
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 バタバタしているのと、軽く怪我をしているせいでここ2週間ほど人間らしい生活を送っていた。 都心部に住んで、オフィス街で仕事をしているために、ギスギスといやらしくも健全な? 人間らしさが自分の中で育ってくる。 人に、車に、時間に、パソコンに。 怒りの矛先はそこらじゅうに転がっている。 「ガオ~」って何回八つ当たりしたかな!? どうやら本当に人間様になりかけていたようで・・・。


 ギリギリのところで踏みとどまって、野生動物としての自分を取り戻してきた。 アブナイ アブナイ。 林の中に素敵な岩を発見。 今回はココで旅に出ることに! 
大きな苔むした岩の上に寝袋を広げる。 ゆっくりと目を閉じ、寝ながら瞑想。 最近はあまり行っていなかったので、最初はかなり邪魔をされる。 聞こえるはずのない都会の音。 電車やタクシーのクラクション、強いては隣の家のオバサンのどなり声まで。 しかし脳というのは不思議なもの。 無理に目を閉じようとすればするほど、残像や雑音がよみがえってくる。


 標高1400mの空気はいつのまにかかなりの冷気を含み、湧き上がった霧と絡み合ったかと思うと気まぐれな風に乗って頬にじゃれて来る。 寝袋から出した顔にそうやって何百回目かに訪ねて来た風には、心地好い音が乗っていた。 「ゴロスケ ホーホー」。 梟の声を合図に森のオーケストラは幕を開ける。 ソレは人間の気配が消えて「自分が森の一部と認められた瞬間なのだ」。 自分の感覚は信じられないくらい研ぎ澄まされ、はるか先で葉っぱから滑り落ちたであろう小さな昆虫の溜め息ですら聞こえるような気さえする。 いつの間にか自分の手足は岩と溶け合って、何千年も前からこうやってココにいた事にすら違和感を覚えなくなる。


 自分の内面と巧く向き合え、究極のリラックス状態を手にすることが出来た時、何もなくても人は飛べるのである。 だから俺は葉っぱも薬もやらない。 ←「あんた動物でしょっ!」って突っ込みはなしで(笑)  仏教徒に怒られちゃうだろうけど仏陀の到達した「涅槃」の境地ってのは何となく近いのかな!?  究極の「無」って何だ? 自分はこの不思議な感覚には数年に1回くらいしかならないけど・・・。


 いつのまにか眠りについて、次の日は朝7時にキツツキの木を突付く音で気持ち良く目覚めた。 寝袋に入ったのが夕方の6時。 実に素晴しい13時間の動物力チャージでした!

 何だかあまりよく解らない記事になったな、最後まで読んだ人お疲れさん。
 
  

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コメント

なるほど~!

マミ犬さんの、あのパワーは、こうやって自然エネルギーを充電しとるんですな!
私も山でキャンプした時、夜中に素っ裸になり川で水浴びして、ふと見上げるとキレイなお月さまが。
あの時、人間だって動物なんじゃー!!と、何故か叫びたくなりました。 野性の証明?

無は無いんだよ無があったらそれは無じゃないから
と理屈をこねても
自分無の勉強してます 無というより空かな

>radaさん
初めまして!? コメントありがとうございます。
こちら側の方のようで嬉しいです。
「自分の中の野生が騒ぎ出すあの感覚」大事にしましょう!

>きよしさん
非常に難しいよね。 でも私にとって「無」は存在します。 それはこの世が「在る」という事実を認めた上で私が生きているからです。 まあ長くなるんで、そのうち焚き火を囲んで昔みたいに語らいましょう! 

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